エモーショナルなお茶会の話

こんにちは
自問自答ファッション通信です。

先日、茶道歴6年の従姉妹に誘われて初めてお茶会(呈茶席)に行ってきました。
ホテルで行われたカジュアルなスタイルのお席でしたが、学びが多くとても良いインスピレーションをいただきました。

(私は茶道や歴史の知識が全く無く、間違った見解が多いと存じますが、私が感じたことを素直に書いてみます。)

茶道は生き様である

初めてのお茶会で感じたのは「茶会は亭主の生きとし生ける生き様の全て」だということでした。
・衣(着物)
・食(お茶、お茶菓子)
・住(茶道具、掛け軸、お花など)


また招待状や当日のお話の内容に至るまで、全てにおいて、もてなす側の亭主の美意識と想いが込められています。その人がどこで生まれ、どのように育ち、どういう経験をして、どんな感情を抱いたのか。その全てが茶席に込められていました。

ファッション業界で例えるのであれば、まさに「ファッションショーおよび受注会」ですね。デザイナーの美意識全てを表現した空間とショー。細かなところにまで行き渡った気遣いに生き様全てを感じました。

特に感動したのは、使用した茶碗を一つひとつ解説してくださったことでした。

「これは外国で購入したもの」「これは○○焼きのもの」と丁寧に説明してくださったのですが、特に印象に残ったのは「私の母は旅人なのですが、これは母が外国で原住民からプレゼントされた砂漠の砂を、日本に持って帰って職人に焼いてもらったものです。」というお話。

おいおい、エモーショナルなエピソードすぎるだろ。と腰を抜かしました。

私は常々「どんなファッションでもエモーショナルなエピソードを持つ服に勝るものはない」と言っています。

ものは「見た目」ももちろん重要ですが、感情を動かす「エピソード」に叶うものなどこの世にないのです。明らかにこのお話はどんなエピソードよりも数奇であり、インパクトは最大級でした。

「母親が旅人である」「母親が砂漠で原住民に砂をプレゼントしてもらう」「日本の職人がその砂で器を焼く」「息子が茶人になってその器で茶会で客人に茶を振る舞う」こんなドラマティックなこと、あります?(しつこい)

また、そんな大事な器を使うことでの、お母様への愛と、客人へのリスペクト(おもてなし精神)を感じて非常に心を掴まれました。

その他にもお菓子や茶道具、掛け軸へのこだわりも深く素晴らしかったです。こんなおもてなしができる人間になりたいと心から思いました。茶道は生き様全てですね。

茶道はカウンセリングである

初めてのお茶会でしたが、招かれてお菓子とお茶をいただく事の動作の全てに「非日常と精神統一」を感じました。

作法にそって丁寧に点てられるお茶を眺め、お菓子を楽しみ、器を愛で、味わう。いわば五感のルーティーンのような作法をする事で精神統一をしているのではないでしょうか。

「お茶を飲む」というエネルギーを摂取する目的でなく「精神を整える」という目的のための作法ですね。

千利休が天下人である信長や秀吉から愛されたというのはあまりにも有名な話ですが、美を追求した「異世界」へと、いざなわれる事、日常を忘れ精神の世界へ行けることで新たな考えが生まれたり迷いを払拭させること、いわば「カウンセリング」の役割があったのではないかと感じました。

ヨガの世界や瞑想にも通じますね。アメリカのエグゼクティブで精神科に通っていない人がいないように、一流のスポーツ選手でカウンセラーがついていない人はいないように、成功する人に必須なのは「良い茶人(カウンセラー)」なのではないでしょうか。

お仕事が忙しい人、日々のタスクが溜まっている人、大きな責任の中で生活している人こそ、お茶会に行ってみてください。気が流れ、上手く作用すると思います。

そして私がファッションを通じて日々考えているのもまさに「文化」や「生き様」や「精神」や「人生」です。

人生を楽しく生き抜くために、なりたい自分で生きたい人生を生き抜くために、うまく「ファッション」や「生活」にも「茶道」の精神を取り入れたいと思いました。

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