「衣服」と「ファッション」は何が違うのか

こんにちは
自問自答ファッション通信です。
私は、自分が着ている服のことを「衣服」だと思っていません。「ファッション」だと思っています。

自問自答ファッション講座では、

「衣服」とは自然環境から身を守るもの、身体を保護するもの(おしゃれかどうか関係ないもの)
・「ファッション」は文化を具現化するもの(人類の理想を実現して行く、精神の活動)

だと定義しています。
私はどんなに寒くてもダウンコートを着ないし、誰も見ない家の中でもボロボロの部屋着を着ません。自分が「妥協でこの服を着ている」と言うのが許せないのです。
どんな時も自分が考え抜いた中で、「今」一番好きな服を着ています。「過去」好きだった服は私のクローゼットにはありません。ですので、よくファッション誌でも唄われている「何年後も着られる服」と言うものは、とっても危険なことだと思っています。
どんなに気に入っているバッグでも10年後の自分が欲しているかは分かりません。もっと素敵なものに出会っている可能性が大いにあるからです。
もし「何年後も着られる」の基準が「文化の話」であれば自分が買えるレベルで最高級の意思を持ったブランドの服を買ったほうが良いとすすめています。目標に向かってぐんぐん自分を導いてくれるからです。(しかしこの場合も10年着られたと言うのは結果論であり、途中で人生の目線が変わるかも知れません。)

しかし、もし「衣服の話」をしているのであればまずちょっと自分の考え方に危険を感じてください。「服にお金をかけたくない」「コストパフォーマンスが良い服が欲しい」と言う思想は人生の向上心を破滅に向かわせているからです。

自分は衣服を着ているのか、ファッションをまとっているのか、どんなときも自問自答してください。
想像してください、自分が見にまとう服が連れて行ってくれる壮大な風景を。

私にはとってもおしゃれな友人がいます。性格も素直で可愛いのですが、ファッションや流行に敏感でいつも自分に似合うおしゃれな服を身につけています。
ヘアサロンに月に一度は通い、いつも今風の髪型にしています。どちらかと言うとおとなしい性格で控えめな女性です。しかし、彼女の周りにいるといつもミラクルが起きます。レストランやバーに行くと次々と男の人が声を掛けてくれます。みんながみんなナンパ目的ではなく、ただ話をするだけでも良いと言う雰囲気で仕事のことや社会のことを教えてくれます。年上の女の人からも可愛がられて、おしゃれなお店や話題のスポットに連れて行ってくれます。興味のある本やDVDも貸してもらえて新しい感情との出会いがあります。自分から発するものは「ルックス」だけなのにも関わらず、勝手に周りがどんどん上へ上へと連れて行ってくれるのです。
彼女は言います「いつも皆さんに教えてもらってばかりでなんのお返しもできないけれど、せめて身なりを整えて行くことで感謝を表したい。」と。

私は彼女を真横で見ていて「ルックス(見た目)って大事なんだな」と初めて気がつきました。自分が適当な服を着てぼさぼさのヘアスタイルをしていると、誰も親身に話しかけてこないので、人との付き合いで自分にどんな変化が起こるのか分からないのです。

「人間は中身だ」「このままを愛して欲しい」と言う人もいますが、中身がどちらもよければ、見た目が良い方を選ぶのは当然の話です。

むしろ見た目が良い方が様々な素敵な人との交流により中身が磨かれて行くので年を取るに連れてさらに魅力的になるのです。

前述の彼女は、完全に「衣服」ではなく「ファッション」を着ている人です。

もし、今、人間関係や未来のことに並んでいる人がいたらまずは「外見」を変えてください。ダイエットでも、髪型を変えるでも、服を買うでもなんでも良いです。まずは目一杯考えて自分に「投資」してください。「衣服」の概念を捨てて「ファッション」を味方につけてください。

ストーリーが変わって行くのはいつも外見からなのです。